インタビューやコラムなど

1999
●インタビュー
『小説すばる』(集英社)
1999年11月号(モノクロ2ページ )
 基本的に「『ハサミ男』はどうやって生まれたか?」「書いたきっかけはなにか?」という話題のインタビュー記事。
 メフィスト賞に応募する前、某出版社に勤めていたことや、病気で会社をやめて実家に帰り、3年間ぶらぶらしていた語っている。
 ここで、一番好きなミステリ作家は横溝正史だと発言している。
 

●インタビュー
『ユリイカ』(青土社)
1999年12月号(モノクロ11ページ)

ミステリ・ルネッサンス特集
『本格ミステリVSファンタジー』と題して
インタビュー 小谷真理
 インタビューがSF・ファンタジー評論家の小谷真里さんだったため、ミステリに詳しくない小谷さんに対して、本格ミステリの構造について解説するといった感じの内容になっている。特に横溝と乱歩を例にあげて語った内容は読み応えがある。
 殊能センセーの答えは言い切っているため、人によっては「そうは思えないけど」と思う人もいるかと思うけど、そのぶんわかりやすい内容になっている。
 『ハサミ男』の構造を冷静に語っているところもおもしろい。


2000
●コラム
『小説現代』(講談社)
2000年1月号(モノクロ1ページ)

 『誰にも言えなかった話 ミステリ作家の姉』と題したコラム。タイトル通り、殊能センセーの姉について書かれたもの。このコラムの内容によると、殊能センセーのお姉さんはたまに、エッセイを読むくらいの人のようです。
 個人的にはお姉さんが殊能センセーに対して「おまえみたいなのは『病気』と言うんだ」と言っているのに笑いました。
 写真が掲載されているが、詳しくはこれこれを読んでください。

 
●アンケート
『2000本格ミステリ・ベスト10』(東京創元社)
2000年度版 2000本格ミステリ・ベスト10 アンケート回答(5行)

 2000年に出た国内のミステリで、ベスト5をあげるというアンケートにたいして、「不勉強で、本はほとんど読まない」「他人様の作品にランク付けできる立場じゃない」との理由で、回答を辞退するというコメントが載っている。


●インタビュー
『ダ・ヴィンチ』(リクルート)
2000年5月号(フルカラー2ページ)
ミステリー作家新刊インタビュー(『美濃牛』について)

取材・文 杉江松恋
撮影 藤木憲太
 新刊インタビューというで、『美濃牛』について語っている。
 「ミステリ作家として、一度は横溝の世界を書いてみたかった」などと発言し、『美濃牛』をどのような方法で書いているかといったことを語っている。
 「章のナンバーを打って、ここではこの伏線を書く、ということを章ごとに決める」と語ったところが印象的でした。
 インタビュー記事とともに、【ホテルの一室で殺された殊能将之】という設定だと思われる写真が掲載されている。
  

 
●インタビュー
『月刊TVチョップ!』(エンターブレイン社)
2000年7月16日 創刊号(モノクロ2ページ)

聞き手・構成 編集部
撮影 森鷹博
 このインタビューも作家になる前、某編集プロダクションに勤めていた頃の話や、『ハサミ男』『美濃牛』についてや、普段の生活「朝5時30分頃に起きて、寝るのがだいたい10時~11時頃」などといった話題をしている。
 特に『美濃牛』 は【舞台設定が1999年の「敬老の日」と「正岡子規の命日」に合わせた、9月中旬の岐阜県】と決めて書いたと言っていたのが印象的。
 この記事には貴重なセンセーの写真が掲載されている。この写真はセンセーの公式サイトのauthorに時々表示されていた写真です。

  
2001
●インタビュー
『ミュージック・マガジン』(ミュージック・マガジン)
2001年2月号(モノクロ2ページ)
『DJ的な発想で小説を書く気鋭のミステリー作家に聞く』と題して
 インタビュー 高橋修
 音楽雑誌だけあって、殊能作品の中にでてくる音楽ネタについての内容が多い。前半はXTCの話題が中心。後半が「『美濃牛』はサンプリングである」という話題になっている。
 ここで殊能センセーは「私はマニアックなところがないのが欠点」だと発言している。

 
 
●コラム
『新刊ニュース』(KKトーハン)
2001年3月号(モノクロ2ページ)

『大阪近鉄バファローズに謝りたい』と題したコラム
 タイトルが『大阪近鉄バファローズに謝りたい』となっていることからわかるように、近鉄バファローズについて、プロ野球について書かれたコラム。
 近鉄贔屓になった理由が「横溝作品のオマージュを書いてしまった人間が、バファローズを支持するのは当然の義務」と述べている(横溝先生は筋金入りの近鉄ファンなので)。しかし『黒い仏』が2000年10月の福岡が舞台になっているので「福岡ダイエーホークスが優勝して、日本シリーズが“夢のON対決”が実現したら、新作がおもしろくなる」と思って、2000年はホークスを密かに応援していたとも書いている。
 この頃殊能センセーは「ごく普通のプロ野球ファン」だった。


2002
●コラム
『IN☆POCKET』(講談社)
2002年8月号(モノクロ2ページ)
もうひとつのあとがき『イタリア製のハサミ』と題したコラム

 タイトルが『イタリア製のハサミ』となっており、小谷真里さんからいただいたイタリア製のハサミについてのエピソードが書かれている。ここで読める。

  
2003
●インタビュー
『ミステリー迷宮道案内』(リクルート)

発売日: 2003年3月
 2000年5月号『ダ・ヴィンチ』(フルカラー2ページ)に掲載されたミステリー作家新刊インタビュー(『美濃牛』について)の再録
 2000年5月号『ダ・ヴィンチ』に掲載された記事の再録。


●コラム
『IN☆POCKET』(講談社)
2003年4月号(モノクロ2ページ)

もうひとつのあとがき『洞戸村の思い出』と題したコラム
 タイトルが『洞戸村の思い出』というコラム。『美濃牛』は殊能センセーにとって初めての取材旅行をした作品で、その取材旅行の思い出を語った内容。ここで読める。


 
●コラム
『子どもの王様』(講談社) (モノクロ8ページ)

発行年月日:2003年7月31日
『わたしが子どもだったころ』と題したあとがき
 『わたしが子どもだったころ』と題したあとがき。【かつて子どもだったあなたと少年少女のため の『ミステリーランド』】の内容にあわせ、自分が子供だったころについて語っている。殊能センセー初のあとがきである。
 小学2年の頃から、高校生まで『子どもの王様』の舞台にもなっている、団地に住んでいたことなど、子供のころの思い出話が書かれています。
 そして、子供向きの本のあとがきなので、いつもと違った調子の殊能センセーの文章が読めます。

  
2005
●コラム
『IN☆POCKET』(講談社)
2005年6月号(モノクロ2ページ)

もうひとつのあとがき『殊能将之に抗議する』と題したコラム
鮎井郁介名義
 タイトルからわかるように、作中キャラクター鮎井郁介による、殊能将之への抗議内容。笑えます。ここで読めます。


●解説
『どんがらがん』(河出書房新社)
(モノクロ22ページ)

発行年月:2005年10年26日
 ご自身で編集したアヴラム・デイヴィッドスンの短編集に、22ページにもよる長いアヴラム・デイヴィッドスンの魅力についてや、収録作品の解題などが書かれています。


2006
●インタビュー
Anima Solaris

2006年3月
著者インタビュー
インタビュー 雀部陽一郎・松崎
 基本『どんがらがん』の編者としてのインタビューなので、主にアヴラム・デイヴィッドスンについて語っている。しかしセンセーのホームページの話など、話題は多面にわたっている。
 ここで読めます。


2008
●アンケート
『文藝』(河出書房新社)
夏(半ページ)

特集:作家ファイル1998~2008内の現代作家50人ファイル
 紹介文とともに、「自分のデビュー小説の批評」「最初、または最後の一行目を書くとき気持ち」「小説にしかできないこと」「好きな小説ベスト3」に答えています。


2009
●コラム
『SFマガジン』(早川書房)
2009年 5月号(モノクロ2ページ)
ベイリー&ディッシュ追悼特集
『ベイリー・ドゥルーズ・山田正紀』と題した、バリントン・J・ベイリー追悼文。
 ベイリーとドゥルーズが似たようなことを書いていたことや、山田正紀の処女作『神狩り』についてなどを書かれている。


●コラム
翻訳ミステリー大賞シンジケート 
2010/06/08
 『殊能将之の選ぶ変態本格ミステリ・ベスト5』と題されたコラム。タイトル通り、変態本格ミステリの定義と、、センセーによる変態本ミステリベスト5を紹介している。
 ここで読めます。


●あとがき
リレー短編集 『9の扉』(マガジンハウス)
発行年月日:2009年7月23日(モノクロ1ページ)
『コウモリと鳥のうち』と題したあとがき
 法月さんからのお題「コウモリ」についてどのように考えたかなど書かれています。


2010
●解説
『エステルハージ博士の事件簿』(河出書房新社)
(モノクロ11ページ)

発行年月:2010年11月17日


2011
●コラム
全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する 』(岩波書店)
(モノクロ5ページ)

発行年月:2011年8月25日
  「ミステリ映画としての『少年裁判所』」と題したコラム。ミステリ作家らしく、ミステリ映画としての『少年裁判所』について語っている。モジュラー型警察小説の話など興味深いことを書かれています。


2012
●コラム
『メフィスト』(講談社)
2012 VOL.1(モノクロ1ページ)

 講談社ノベルス30周年記念企画のMy Precious講談社ノベルスで、初めて衝撃を受けた講談社ノベルスとして『十角館の殺人』をあげています。読んだ当時のことなどが書かれています。


●あとがき
講談社ノベルス『子どもの王様』(講談社)
発行年月日:2012年8月6日(モノクロ2ページ)
ノベルス版あとがき
 本書はミステリーランドから叢書から刊行され、この叢書は伝説の編集者、故宇山日出巨さんが企画したものだったので、宇山さんについての思い出話を書かれています。
 ここで読めます。


2013
●日記
『メフィスト』(講談社)

2013 VOL.3(モノクロ19ページ)

 「ハサミ男の秘密の日記」と題された日記のような内容。
 ハサミ男出版前、突然センセーが親友の磯達雄さんに送った原稿が公開されたものです。ハサミ男がメフィスト賞を受賞する前のことを詳細に書かれています。とても表に出さないという環境で書かれた文章とは思えない内容です。